第三次ソロモン海戦 ~第三部(2)~

第三部 戦艦による夜戦(11月14~15日)

第二段階(0020-0045)

すでに指摘したように、我々の前方の駆逐艦は00:20頃砲撃を開始した。グウィンは一見したところワシントンとサウスダコタ砲撃し始めている目標に実際に砲撃し、その斉射は短かった。有効射程と識別した目標の困難さはこの海域での敵艦への効率的な雷撃を阻んだ。しかし、6から10隻の日本艦艇(駆逐艦と恐らく軽巡洋艦)の集団がサボ島の南西岸を回り始めた。間違いなく彼らの目的は我々の主力艦を雷撃することに違い無かった。しかし、彼らの関心はすぐ完全に我々の軽量艦と交戦することに向き、第64任務部隊は潜在的な脅威から守られたのである。

00:22、艦隊の先頭艦で会ったウォークは、西方に向かう針路でサボ島の影から出現した右舷20度の目標を砲撃し、8斉射をこの船に対して行った。ウォークの1人の生存者は巡洋艦であると識別したが、艦列の次の後続艦であるベンハムの見張りは「これは駆逐艦である」と示唆している。それは下手回しを打ってから行動に入った。ベンハムもこれに対してレーダー測距と発砲炎の場所と思われる場所に発砲した。目標は再びサボ島の島影に隠れ、すぐにそれは炎上した。すぐ左の別の船が砲撃を開始、ウォークとベンハムはそれを確認し砲撃をシフトした。ウォークは7500ヤードで新しい目標に対して数回砲撃して夾叉した。命中弾は雲と黒煙を作り出し、敵艦はサボ島の北西の角の後に姿を消した。

00:26、グウィンはサボ島の海岸に沿って進む敵グループの先頭艦に対して距離10000ヤードで砲撃を開始した。ターゲットは軽巡洋艦であるように見えたが、しかし、恐らくは大型の駆逐艦であった。4分後、連続した斉射は距離8500ヤードで日本艦に被弾を与えた。一門の砲だけが応射していた。すぐそのあと、グウィンは球磨型軽巡洋艦が左舷後方から砲撃し始めたと報告した

その瞬間よりも前、プレストンは右舷前方にサボ島南岸に敵艦を認め、4門の全ての砲で砲撃を開始した。その教導駆逐艦か軽巡洋艦と思わしき目標は月明かりの下ではっきりと見えており、距離は9000ヤードであった。プレストンは少しの斉射の後命中を記録し、すぐ砲撃し返された。日本の艦隊はすぐにはげしく燃えはじめ、プレストンは距離8000ヤードのサボ島の影の他の船へ砲撃をうつした。その直後、彼女は恐らく6インチと思われる2発の被弾を右舷側から受けた。一つは二つの弾薬庫の間に着弾し、全ての人間を殺した。衝撃で弾頭が割れてTNTが露出したものも含め、いくつかの火災が発生し、2つめはサーチライトに被弾した。

一方で、事実上発見されない艦隊の敵の重巡洋艦は左舷側に突入してきた。そして、プレストンは8インチ砲の斉射の一部が左舷側に命中(恐らく3発)した。1発は機関室に侵入し、後部艦橋と第三砲塔の間、第4砲塔に一発ずつ被弾した。第一砲塔と第二砲塔は旋回できなくなった。無傷の艦後部がすぐに破壊され大量の瓦礫と化した。プレストンは右舷と艦後部が沈下と記載した。指揮している海軍士官、Max C. Stormes中佐は艦を放棄することにした。30秒後、その駆逐艦は彼女の側に横転しながら沈み始めた。船体水面下をスライドする前の約10分間、艦首を垂直に持ち上げた状態で安定した。

ベンハムが最初の目標から照準を移し、彼女とウォークが砲撃を開始し、プレストンが重巡洋艦からの砲撃を受けた同じ時刻、ベンハムは6番フレームに右舷側からの魚雷の直撃を受けた。船は前部が持ち上がり、左舷に5度傾き、その後、右舷に30度傾いた。艦首は沈下しつつ、彼女の復元力でゆっくりと持ち直した。その爆発は射撃指揮装置より20フィート上まで大量の水を巻き上げ、ものすごい力で落ちてきた。船は27ktから5ktに減速し、75番フレーム付近で桁と隔壁がやや屈曲した。すぐに船尾は沈下で4番砲の船員が腰の深さまで深い水に浸かった。

この瞬間、プレストンで大爆発があり、破片、油、水がベンハムの後部に落ちた。これと魚雷の爆発によって押し上げられた水でなければ害がない場所の人員に幾人かの負傷者が発生した。

ベンハムは水の中で死んだも同然だった。彼女は損傷艦と日本軍からの砲火から避けるために右に円を書き、その後、救助のためにプレストンの生存者へ向かった。しかしながら、サボ島付近の艦隊は砲撃を開始した。彼女の損傷を受けた状態を考慮して、ベンハムは進路をガタルカナルに向けた。彼女がそうしたように、彼女にものすごい爆発の横揺れが起こった。これは恐らく、爆雷の爆発だった。この駆逐艦はこれ以上の作戦行動に参加しておらず、海岸に沿うことで敵の監視を避け、彼女の針路がなるべく外洋へ出るように努力して進んだ。

ベンハムの戦いは始まったばかりだった。彼女の主甲板の艦首側14番フレーム前方は持ち去られていた。25番フレームより前の区画と喫水線下の全ての区画が浸水した。船殻と主甲板だけではなく縦隔壁も75番フレームで屈折した。船体はほぼ2つに壊れていた。

砲撃が止んだ後、指揮官のジョン·B·テイラー中佐は下手回しを打ってツラギへ向かおうと考えたが、正体不明艦の認識灯のフラッシュは彼を阻止した。針路は海側へと向けられた。緊急の場合には近くに残っていたグウィンとの通信が確立されていた。03:00ぐらいにベンハムは操舵と操縦をバトルIIに移動し、デッキの曲がった箇所から前方の必要な人員を除き避難させた。全ての可能な重量物は投棄するか艦後部に移動させました。

04:00頃に夜明けを迎え、一隻の駆逐艦が反対向きのコースでガダルカナル島南端付近に発見した。砲塔に人員を配置したが、次第に光量が増えると、その船は夜間に見失い、彼女を迎えに来たグウィンであること判明した。両艦はエスピリツサントへ針路を変え、5から15ktから様々な速度を設定し、最良の航行状態を探した。後退を試してみたが事態は改善しなかった。グウィンは後に敵索敵機の目を欺くため、対潜警戒の陣形を敷くことを提案した。

その日の始まりの気候は非常に落ち着いたものであった。あらゆる手段が船の弱点を強化するために取られた。補強材として、タービン吊り上げバーで構成されたものや魚雷輸送用の軌道などを損傷した縦隔壁の上の甲板に直接ボルトで固定された。この作業の結果、75番フレーム付近の亀裂は広く成長した。

正午ごろ海が荒れ始め、縦揺れが増加した。速度は8ノットから後に6ノットに減少に減少し、しかし、11ノットが最高速度と確認した。4時間後、亀裂ために行うことのできる全対処を行ったにもかかわらず、亀裂が拡大したことが明らかとなった。16:15にベンハムは航行停止し、グウィンに接近を要請した。海は人員を輸送するにはあまりにも荒かったが、18:24には全ての人員が救助船に移っていた。救命ボート、ライン、ベンハムのホエールボート(負傷者のため)が使用され、幾人かは泳いだ。

その後、グウィンはベンハムを魚雷で沈めようとした。最初の1発は途中で爆発し、2発目は前方を通過し外れ、3発目は走行が不安定、4発目は艦の後方を通過した。最終的に5インチ砲を使用する必要性があった。ベンハムの弾倉が爆発し、彼女は船体中央部で破断し、沈没した。

ウォークの二番目の目標がサボ島の後に姿を消した後、我々の先頭駆逐艦は左手のガダルカナル島側の砲火に目標をうつした。そのようにして、プレストンが後方で爆発した。2分後、ウォークは45番フレーム右舷側に魚雷が命中した時に、右舷舷側に向けていた旋回中の魚雷発射管が曲射された。その直後、彼女は巡洋艦の斉射とおもわれるものに見舞われた。その爆発は三番主砲付近の前部マストに近い通信室でおこった。船楼甲板と上部構造物の甲板はブリッジのように遙か後方に吹き飛ばされた。火災は艦前部で発生し、20mm機関砲の弾倉は爆発した。艦体中央部の甲板がそうであったかのように、前部火薬庫の隔壁は曲がった。機関は完全に停止し、艦長のトーマス·E·フレイザー大佐は、急速に艦首が沈み始めた艦を放棄するように指示を出した。ただ2つの救命筏が使用できる状態であった。乗員は舷側上に行く前に、爆雷を二度確認し、安全に設定されていると報告した。00:42に船は船尾を最後に見せながら沈んでいった。もぎ取られた艦首だけは海面に取り残された。一分後、個数不明の爆雷が爆発し、水中で幾人かが殺傷された。

プレストンが00:32に沈んだように、グウィンは第二機関室の右舷側の喫水線上4フィートに4.7インチ砲が応射され被弾した。これは制御ステーションの近傍で爆発し、それより上部に居た人員全てを殺した。全ての魚雷安全装置は機能不全に陥った。三本の魚雷は魚雷発射管から滑り出して外側へ落ちた。グウィンにとって300度を戻るコースでは沈みゆくプレストンを正しく回避するには困難だった。彼女がプレストンの脇を通過した直後、プレストンの爆雷が爆発し、グウィンに「非常に強い揺さぶり」を与えた。次にその駆逐艦は188番フレーム付近の甲板の切れ目に右舷側から口径不明の砲弾が直撃した。それは2平方フィートのギザギザの穴を残し、明らかに跳ね返された。2つの600ポンド爆雷は被弾で開放し、その中身が甲板にこぼれ落ちた。

グウィンは3つの砲でサボ島の影から発砲炎へ砲撃を続けた。魚雷1本が船尾にと交差し、30ヤードの距離で外れた。00:36に彼女は全ての目標を見失い、砲撃を中止した。

我々の駆逐艦は敵軽量艦との交戦をしていたが、戦艦はアイドル状態になっていたわけではなかった。00:24、戦艦「ワシントン」はサボ島の砲台から砲撃され始めたと考え、副砲第三群はこれらの海岸砲に6門がそれぞれ沈黙するまで打ち出した。戦闘が続くにつれ、海岸砲はサボ島の南岸の縁を回ってきた6~10隻の敵艦隊だと気づいた。主砲射撃指揮装置は最初5インチ砲の砲火の点滅に目が眩んだため、見つけられず照準することが出来なかった。しかし、00:29, 第一主砲射撃指揮装置が356度に目標を捉えた。光学測距はすぐに海岸上で炎上する船に10200ヤードという値を得たが、もしかしたら全ての目標の巡洋艦はサボ島の背後に撤退したように見えたからという理由で主砲は発砲されなかった。ほぼ同時刻に我々の駆逐艦に被弾があった。

00:34ワシントンの副砲は砲撃を中止した。第三副砲の発砲が追尾用のモーターが蹴り出された結果、砲撃が荒くなったため我々の損傷を受けた駆逐艦を誤射する恐れがあった。舷側におそらく爆雷と言及されている爆発があり、全ての副砲は目標を見失った。速度は26ktに増速され、進路を282度に変更された。旗艦と敵との間に炎上する駆逐艦の一隻があった。

00:35、SGレーダーは330度の方向に4隻の敵艦列と接触した。それは、サボ島と一致して不明瞭であった。主砲射撃指揮レーダーの表示は他のものよりも大きいものが報告され、レーダーによる追尾で、進路と距離測定が開始された。そのしばらく後、プレストンがまだ静止しているのが見える真横を通過し、00:41ワシントンはウォークの残骸に2つの救命いかだを投棄した。

サウスダコタはこの戦闘の第一段階で日本の2隻の大型艦が沈んだ海域で目標への砲撃結果を無観測で砲撃を続けていた。五斉射目のあと砲撃を中断した。この瞬間(00:33)、彼女は一連の電気障害に苦しみ始めた。発砲は第4副砲射撃指揮装置へのフィーダーケーブルにショートを引き起こした。回路ブレーカはロックされ、回路の短絡が起因の過負荷が艦の後半分に電力を供給する主要回路に生じた。この回路上のブレーカが落ち、電力が失われた。スイッチは代替の電源供給に切り替えられたが、元の回路ブレーカがまだ閉じたままで、そしてまた同じことが起こった。艦後部の電源は全て失われた。ジャイロや電気式の火器管制装置は使用不能になり、00:33~00:36までの間、全ての主砲塔は電力が供給されなかった。主砲は補助動力にシフトしたが砲撃不能だった。この電気障害は2分未満で回路から分離され、電源は6番副砲、8番副砲を除いて再び供給され始めた。しかし、後の敵の砲火によって発生したものほどではなかったが、分離された電気的障害はこの戦闘行動の段階中発生し続けた。

サウスダコタは被弾した駆逐艦を回避するため左舷に舵を切り始めた。そして右舷に来たところで舵を戻し、基準の進路300度とした。サウスダコタは左舷正横に一隻の駆逐艦を通過したときに、砲撃可能だという乗組員の叫びが静かになった。進路は290度に変更し、その後すぐに285度に変針した。速度は26kt。主砲は副砲が砲撃していたサボ島付近の距離14100ヤードの目標に砲撃を開始し、8つの散らばった艦が存在し発砲炎が見えた。

00:41、稼働しなくなってから5分が経ち、SCレーダーは動作しないという事実は深刻な影響を与えていた。敵艦列の右側にいる艦の一番左舷側が出火していた。右舷側にいる艦の一つは爆発し、沈んだと考えられる。また、恐らくこれらの艦は我々の駆逐艦やワシントンの5インチ砲の命中によるものである。

ほぼ同時刻、サウスダコタは艦尾方向の我々の駆逐艦の報告がすでに砲撃したと示唆した球磨型軽巡洋艦を砲撃した。距離は15500ヤードだった。最初の第三主砲塔の斉射による衝撃でサウスダコタの艦載機が発火した。次の斉射で3機のうちの2機を船外に吹き飛ばし、火災のほとんどを鎮火させた。目標は2つに分かれ、レーダーから消滅したため主砲は4斉射目の後砲撃を中止した。

指揮所はSGレーダーの故障によってサウスダコタはより困難な事態にならないよう努めた。00:45ごろ戦艦がウォークの残骸を通過した時、サウスダコタが右に逸れ、右舷後方を航行していたワシントンが間違った方向に動いた。その後、サウスダコタはしばしば前部艦橋構造が原因で60度艦尾方向へ孤のよう見えなくなる現象によって主に使用されるSCレーダー画面だけが断続的にしか見えなかった。サウスダコタは自分自身の位置を確認することができなくなった。また、彼女はワシントンが00:35に発見した4つの船を発見することができなかった。

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